HIDEKI OKAJIMA 37 本文へジャンプ
プロフィール


岡島 秀樹 Hideki Okajima

Birth day: 昭和50年12月25日 Dec. 25, 1975
Birth Place: 京都市伏見区 Kyoto Japan
Team: Boston Redsox 投手 Pitchar 背番号 37
Blood Type:血液型はO型
Nick Name:「オカジ」「Oki」

12年間、読売ジャイアンツ(巨人)のセットアッパー、クローザーとして活躍。2006年日本ハムファイターズへトレード、55試合に投げ、防御率2.14と、日本シリーズ制覇に貢献、シーズン終了後、FAでMLBのボストンレッドソックスへ移籍。
毎年、豪州のケアンズで、尊敬する先輩、桑田真澄(元巨人、元パイレーツ)と自主トレを行っている。巨人は、岡島の入団当初、桑田に指導を託していた。桑田から、カウントを取れる変化球を伝授されたともいわれるが、桑田は「オカジには何も教えていない、あの子は自分で何が大切かきちんとわかっている」と言っている。
事実、マウンドの上の飄々としたとした姿からはそう見えないが、「鋭い観察力と研究心が凄い、野球の虫」と専属通訳のジェフ山口(プロゴルファー)は語っている。
独特の投球フォーム(投げる瞬間に首を下に振りホームベース方向を見ていない)で知られているが、かつて巨人時代は「コントロールが悪い」という評価だった。しかし、メジャーリーグで対戦した松井秀喜が、「あそこまでコントロールのいいイメージはなかった」と評価するように、現在は制球力抜群。縦に大きく割れるカーブとチェンジアップ(ボストンではオーキー・ドーキーと呼ばれている)で大リーグの強打者を翻弄している。
2007年、MLB1年目のシーズンは、先発とクローザーをつなぐセットアッパーとして活躍,チームのワールドシリーズ制覇に貢献。ポストシーズン8試合を含め74試合に登板、3勝2敗5セーブ31ホールド、防御率2.25。ファンからは「陰のヒーロー」「陰のMVP」と讃えられた。
ホームのフェンウェイパークで、ブルペンからマウンドに上がる登場曲は、「OKAJIMA Oki Doki」(byTATAMI、Mr.Music)。

○家族
フリーアナウンサーの由佳夫人(旧姓:栗原)と1男1女。

○経歴
東山高では2回甲子園出場
1994年ドラフト3位で読売ジャイアンツに入団
2000年クローザーとして日本シリーズ出場、優勝に貢献、胴上げ投手
2002年日本シリーズ出場(優勝)
2006年3月北海道日本ハムファイターズへトレード。 日本シリーズ優勝、アジアシリーズ優勝に貢献した
2006年11月にFA権を行使しボストン・レッドソックスへ移籍
2007年4月アメリカンリーグ月間最優秀新人賞を獲得
7月ラストマンのファン投票でMLBオールスターゲームに出場
9月アメリカンリーグ、東部地区優勝に貢献(66試合に登板、防御率2.22)
10月アメリカンリーグ、地区シリーズ、リーグ優勝決定戦勝利に貢献
10月ワールドシリーズ優勝に貢献(全4試合中3試合に登板、3ホールド)
12月アメリカンリーグの最優秀セットアッパーに選出

○背番号の変遷
37(巨人1994年〜1997年)
28(巨人1998年〜2005年)
40(日本ハム2006年)
37(ボストン2007年)

○独特の投球フォーム
少年時代、高橋陽一の漫画「エース!」で、主人公の相羽一八が、投球するときに帽子が勢い余って飛ぶシーンに感動、わざと帽子が飛ぶように編み出した投げ方である。
2007年に文庫化された「エース!」ではPRにも一役買っている。

投げる瞬間下を向く(捕手を見ていない)独特の変則投法のため、巨人入団以来、何人ものコーチがフォームの矯正を試みたが誰も成功しなかった。その後、鹿取投手コーチは「彼にとってはベストの投げ方」とそのまま才能を伸ばす方針をとった。

このフォームについて、ボストンのチームメイト、ロメロは「自動操縦」、コーラは「目が首にある」と評している。星野仙一五輪代表監督は「子供は真似しちゃいけない」と発言、日本では否定的な指導者がほとんどだったが、アメリカではこの個性的な投げ方が成功した要因の一つと言われる。ビートたけし氏も「あっちむいてホイ」と茶化しながらも絶賛している。
レッドソックスのフランコーナ監督が「あんな投げ方でコントロールできるのか?」と聞きそびれているうちに、本人が実績を残し聞くに聞けなくなったというエピソードもある。
チームのウォームアップでは、同僚の選手がよくこの投げ方をまねして岡島をからかう光景が見られる。

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